一方・・・中空洞で足止めを受けていた凛達だったがその終わりは思いの他早く訪れた。

「あれっ?」

突如触手がただの一本残す事無く地面に潜り込んでしまった。

「如何言う事なんでしょうか・・・」

「わからねえが今の内にここを突破するのが最善じゃねえか?」

ランサーの声に一も二も無く頷いた。

「んじゃ俺は先にマスターの所に行って来る」

その言葉よりも早くランサーが走り出す。

「彼もなんだかんだ言ってシロウの事が心配だったようだったようですね」

「それよりも私達も急ぐわよ。ランサーの言う通り士郎は大丈夫だと思うけど万が一って事もあるから」

聖杯の書十三『大聖杯攻防戦前編”激突”』

「はははは・・・天よ!!今だけは感謝する!!今!この時代!!そしてこの地において彼の者と巡り合わせた事を!!影達よ!!もはや守る事に意味は無い!!全て集え!!この地に!!!!

奴の絶叫が響く。

それに応じる様に『大聖杯』を守る様に次々とあの触手が噴き出す。

その数は・・・十万を超えるかもしれない。

どうやらこの洞窟に点在していた触手を一つ残さずここに集結させたようだ。

だが、そんな事は関係ない。

俺は『大聖杯』を・・・ひいては奴を潰すだけ。

「どうする衛宮士郎」

「どうするもこうするもねえ。奴を潰すだけだ」

『大聖杯』を破壊する為だけでない。

奴と戦いたがっている。

その全身が本能が奴と刃を交えたがっている。

「!!どうした?やけに好戦的のようだが」

不審げにアーチャーが尋ねる。

言われるまでもない。

だが、俺にはこの衝動を止める事が出来ない。

「そうだな。だが、それも奴に対してだけだ」

そう言うと俺は青竜堰月刀を投影して構える。

無論ルールブレイカーと接続する事も忘れていない。

更に

「少し援軍も呼ぶか・・・投影開始(トーレス・オン)」

投影と共に呼び出したのは固定式の大型ボウガン。

それを十台投影で呼び出し、俺が手を上げるといずことも知れず一度に十本の矢が番えられる。

「???何だそれは?」

「見れば判る・・・万兵討ち果たす護国の矢(諸葛弩)!!」

俺が腕を振り下ろし真名を命じると一斉に矢が打ち出される。

諸葛弩・・・中国三国時代、蜀漢の丞相諸葛亮が兵士の数不足を補うべく考案した防衛用弩弓、連弩とも呼ばれている。

本来は武器に属するこの連弩だが、有名な諸葛亮によって考案された事により・・・すなわち、人物に引き摺られる様に宝具にまで昇華した。

一度に十本の矢を射出するその威力は絶大、諸葛亮の死後も蜀漢を守り続けた。

射出された矢は次々と触手に突き刺さる。

「ついでに受け取れ。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

爆発と共に触手が引き千切れる。

爆発自体は小さいが突き刺さった状態の爆発だ。

それなりに威力は見込める。

次々と矢は触手に刺さり矢は次々と爆発、その威力で触手は次々と吹き飛び、もげ落ちていく。

矢も俺の魔力で作られた代物だが、矢は尽きる事無く、射出される。

当然といえば当然、この諸葛弩、威力は低いが最大の利点は魔力消費量の割にはその効率が極めて良い点に求められる。

通常の宝具一つ作る魔力で諸葛弩十台とその矢を一万本作り上げる事が出来る。

まあ、全て神秘でもなんでもないのだから作るのは簡単といえば簡単だが。

更に史実でも殺傷力を高める為に鏃に毒を塗っていた事から、この諸葛弩も掠めるだけでも傷口を壊死させる効果が付属されている。

無論それは魔術で作られたあの触手も例外ではない。

掠めても腐れ落ち、刺されば爆発で吹き飛ぶ。

瞬く間に二つに分けられ、道が切り開かれたと同時に俺はその道をまっすぐに突き進む。

「近寄らせるな!」

奴の声と共に次々と俺に奇襲を仕掛ける触手。

それを俺は次々と切り払いなおも前進を続けようとするが、既に前方は完全に封鎖されている。

諸葛弩の数が足りない・・・

かろうじて後方は諸葛弩のおかげで退路だけは確保されているが前方の道を開くには至らない。。

「ちっ・・・矢も尽きかけているか」

これ以上ここいても無駄足だ。

異常に高揚しているが引き際を誤るほどは興奮していない。

一旦退き、矢を補給する。

体勢を立て直し再度突撃しようとしたが、かすかに残っていた理性が押しとどめる。

今の状態ではいたちごっこだ。

「ちっ・・・」

「やれやれ、見ていられんな」

そういうとアーチャーが前に出る。

「アーチャー?」

「私が露払いを勤める」

「何の風の吹き回しだ?」

「他意はない。抑止の守護者としてあれを放置できんと感じただけだ・・・どうする個別に戦う手もあるが」

「いや、手を借りる」

「それなら話は早い。ならば借りるぞ」

言うが早いかアーチャーも諸葛弩を十台創り上げる。

「なるほどな確かに効率が良い。これだけ消耗する魔力が低くそれでいて広範囲に攻勢を仕掛けられるとは・・・このような都合の良い宝具があるとはなまだまだ世界は広い」

「厳密に言えば何の神秘も持っていないからな、武器の概念で見た方が良いぞと言うか・・・ったく使えそうなのは直ぐに拝借するのかよ」

「悪いか」

「いや、全然」

元々それこそが俺の・・・俺達の戦い方だ。

それに他ならぬ俺がけちをつけるのも妙な話だ。

「さてと・・・」

そう言い、俺達の視線は『大聖杯』に陣取る奴に向ける。

「・・・行くぞ、影の亡者共」

アーチャーの腕が上がる。

「覚悟は良いか影の覇者」

俺の腕も上がる。

それと同時に影の触手が一斉に群がる。

「「万兵討ち果たす護国の矢(諸葛弩)!!」」

その瞬間、矢の雨が前衛の触手に突き刺さり次々と爆発し、かすめてもそこから崩壊していく。

再び、道は二つに開かれる。

だが、今度は前方の影の触手は俺の、退路はアーチャーの諸葛弩がそれぞれ押しとどめ道を維持していた。

「衛宮士郎、何をしている!ここは私が食い止めてやる!!行くのならさっさと行け!」

「!!・・・判った」

アーチャーの叱咤に背中を押される様にその激戦の間隙を縫う様に『大聖杯』に肉薄する。

それでも襲い掛かる影を切り払い高台を上る。

だが、その先も既に触手が守りを固めている。

「ちっ!!失せろ!!雑魚に用はねえ!!」

ゼロ時間に近い短時間で鉄槌を生み出す。

「猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!!」

爆発させるまでも無く薙ぎ払い吹き飛ばす。

その合間を風のように駆け抜けつつ、通りすがりざまに残りの触手を斬る。

だが、それでも触手は追いすがる。

「ちい!!しぶとい!!」

だが、その触手は群蒼の狂風が吹き飛ばす。

「ようシロウ大丈夫か?」

「ランサー?中空洞は」

「あそこなら根こそぎ消えたからなそれで慌てて救援に来たんだが」

「そうか・・・いや、助かった。すまない」

だが、そんな事を話している間にも触手は次々と押し寄せてくる。

「早く行けシロウ、ここは俺に任せな」

「ああ、悪いランサー」

後方をランサーに任せて俺は登りきる。

そこには奴が既に目と鼻の先にいる。

「おおおおお!!」

咆哮をあげながら、突っ込む。

触手が行く手を遮るがそれを直ぐに切る。

そして、

「おおおおおお!!」

「!!はああああ!!」

俺達の攻撃は互いに寸止めされていた。

俺の堰月刀は奴の首筋に、奴の触手は俺の胸元に、それぞれ数センチで止まっている。

「よう、お初にお眼にかかる」

「ああ、お眼にかかれて光栄だ」

俺達はにやりと笑いあった。









ようやく『大聖杯』のある大空洞に凛達が到着した時、事は既に始まっていた。

中空洞以上の量の触手を迎撃するのは半円状に配置された大型弩弓。

そしてそこで立っているのは・・・

「遅かったな凛」

「な!あ、アーチャー!!」

「なぜ貴方がここに?」

凛とセイバーが思わず絶句する。

「積もる話しは後だ。それよりも手を貸せ、思っていた以上にこの触手性質が悪い」

「そんな事わかっているわよ。嫌って言うほどそれと戦ってきたんだから」

「だろうな」

「それよりもシロウは?」

「ああ、衛宮士郎なら既に『大聖杯』の方だ」

その言葉と同時にセイバーが前に出る。

「??セイバー?」

「シロウ!!今助力に参ります!!」

その瞬間、彼女の聖剣が光を放つ。

「邪魔だ!!はあああああああ!!」

近寄ろうとした触手がその余波だけで吹き飛ばされる。

「約束された(エクス)!!」

唱えられる真名は言うまでもない。

アルトリア=アーサー王の代名詞である、この世で最も有名な剣。

「勝利の剣(カリバー)!!」

放たれる黄金の一撃。

それによって『大聖杯』右手に密集していた三分の一の触手が蒸発した。

だが、それで終わりではない。

「サクラ、私の後ろに」

ライダーが静かな口調で持っていたダガーで自らの首を切り裂く。

「!!ら、ライダー!!」

「心配要りません」

言葉短くそう言うと、撒き散らされた鮮血が魔方陣となる。

「それって召還陣??」

「賢明ですね、リン。そうです。私も負けてはいられません。今までの借りをまとめて返してきます」

そう言うと召還陣から眩い光が溢れそこより召還されたのは・・・

「う、うそ・・・」

「ぺ、ペガサス??」

それは紛れも無い白い翼が生えた馬・・・天馬だった。

それに軽やかに乗るとライダーはおもむろに取り出した黄金の轡を天馬にかませ、手綱を握り締める。

その瞬間、天馬から放たれる魔力量が格段に跳ね上がる。

「行きます・・・騎英の(ベルレ)・・・」

セイバーとは対照的な静かな声、だが強き意思に満ちた声。

「手綱(フォーン)!!!」

真名が唱えられたと同時にライダーの乗る天馬は僅か一秒で触手の海をモーゼの如く真っ二つに切り分けた。

行った事は単純明快、低空で突進し目の前を妨げる触手を全て吹き飛ばしただけ。

だが、その破壊力は絶大、セイバーのエクスカリバーに次ぐ威力を誇る白き彗星。

天井ギリギリで飛翔するライダーの視界にあの触手に今まさに貫かれようとしている士郎が入る。

「シロウ!!」

何のためらいも無く突っ込む。

「!!」

次の瞬間にはライダーは見事士郎を掻っ攫うように脇に抱え込んでいた。









ようやくお互いの姿を観察できるほど至近まで肉薄できた。

やはりその顔はフードに覆われ口元しか見えない。

だが、その口元は大きく吊り上げ、笑っている印象を受けた。

「・・・お前とは長い付き合いになりそうだ」

「どう言う事だ?貴様」

「気にするな。私の勘だ・・・それよりも名前を聞きたい」

「・・・衛宮士郎・・・口がさない奴からは『錬剣師』とも呼ばれているが」

「・・・『錬剣師』・・・これほどお前に相応しい称号は無いだろうな・・・無数の剣を従える者よ・・・」

とその時、突然奴の身体が沈み始めた。

「な・・・に?」

呆然とした。

奴はしゃがんでいるのではない足元の・・・自分の影に沈んでいる。

「名を聞いたからには応じるのが礼儀だな・・・私の名は『影』・・・万物の影を支配する者」

その言葉と同時に奴は・・・『影』と己を名乗った奴は自分の影の中に潜り込んでしまった。

「馬鹿な・・・冗談抜きで奴は影を支配できると・・・」

「そう言う事だ」

見れば奴は元いた場所から数メートル先に姿を現していた。

「ちっ!!」

踏み込もうとするが直ぐに俺の周囲に触手が包囲される。

「!!!」

一歩も動く事が出来ない。

「・・・くっ・・・」

「『錬剣師』お前が防衛体制を整えていた我が腕を一瞬で掃討させたのはわかっている。下手に動かせる訳にはいかん。ここで足止めさせてもらおう・・・我が目的を達成させる為にも」

「足止めだと・・・そんな事」

だがその時、黄金の光がこの大空洞を包む。

「何だ・・・」

「これは・・・」

この魔力は間違いなくセイバーのもの。

セイバー達も追いついたのか・・・

だが、今度は純白の光がやはり大空洞を照らし、俺は何故か宙に浮き『大聖杯』から猛烈な速度で離脱していた。

「へっ?」

「無事でしたか?シロウ」

直ぐ近くから声がする。

落ち着いて確認すれば俺はお伽話に出てくるような天馬に乗ったライダーの小脇に抱えられている。

どうやら俺はあの包囲網からライダーに助けられたようだ。

「あ、ああ・・・すまないライダー」

「別に気にする事はありませんシロウ、貴方に万が一の事があれば確実にサクラが悲しみます。それよりもこのまま戻りましょう」

「いや、このまま降ろしてくれ。俺は『大聖杯』の完全破壊を行う」

「あれをですか?」

「ああ、頼む」

「・・・判りました。どうも私は貴方の頼みには弱いようですね」

後半の部分が良く聞き取れなかったがそれでも頷くとライダーはセイバーの手で殲滅されたポイントに俺を降ろす。

降りると直ぐに

「シロウ!!」

セイバーが駆け寄ってきた。

「シロウ!怪我は無いですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「何が大丈夫なのですか!!先程あの触手に取り囲まれていたくせに」

「いや、奴は、俺を足止めするのが目的だったようだ。危害を加える気は今の所無いようだったぞ。それよりもセイバーとライダーは凛達の所に戻って皆を守ってくれ。俺は全てにけりをつける」

「シロウ、『大聖杯』を破壊するのですか?」

「ああ、お前には申し訳ないと思っている。だがそれでも」

「判っています。イリヤスフィールから全て聞きました。私も異存はありません。この聖杯は私の願いを汚すだけのもの、惜しくはありません」

「セイバー・・・」

「ですから私を傍に置いてください。たとえ主でなくなったとしても私は貴方の剣である事を誓いました。それを」

「いや、セイバーも戻ってくれ。向こうがやばくなり始めた」

「えっ?」

見れば触手が次々と皆に襲い掛かっている。

アーチャーにバーサーカー、キャスターも上手く退けているが量が余りにも多すぎる。

あれほどセイバーとライダーに掃討されたと言うのに何処から現れるのか次々と現れては襲い掛かり徐々に押されている。

「あれではじきに押し切られます。セイバー」

「・・・っ・・・判りました。シロウ御武運を」

ライダーに急かされ僅かな躊躇いを見せていたが、最後はきっぱりとそう言うとセイバー達は加勢に向かう。

「あれなら安心だ・・・」

セイバー達に任せれば何の心配も無い。

後は俺が行うだけ。

「投影開始(トーレス・オン)」

ブリューナクを握る。

「・・・封印魔術回路解放(マジック・サーキットナンバー]]Wホルスターオープン)、過剰供給開始(オーバーチャージスタート)」

ホルスターを解放し即座に魔力を流し込む。

だが、その魔力に気付いたのか、『影』が高台より

「!!影よ奴に集中させるな」

号令の元触手の一部が俺に殺到する。

「くそっ!!過剰供給凍結(オーバーチャージフリーズ)!!」

魔力が一欠けらでも失わないよう、とっさに一時的な栓をする。

触手を次々とかわすがそれこそ槍襖の如く俺に殺到する。

「ちくしょう!!きりが無い」

だが、そこに蒼き暴風が触手を薙ぎ払う。

「士郎!!」

ランサーが救援に入る。

「ランサー!五分でいい!!こいつらを近寄らせるな!」

「任せろ!!」

その言葉と同時に俺の周囲から触手が姿を消す。

「よし、これなら・・・過剰供給再始動(オーバーチャージリセット)」

栓を解き放つ。

鉄砲水の如き勢いでブリューナクに注がれる魔力。

「圧縮(プレス)・・・過剰供給再開(オーバーチャージリスタート)」

着実に注がれていく魔力。

しかし、

「悪い!!何本かそっち行った!!」

「!!」

眼と鼻の先に触手が迫る。

過剰供給に意識を集中させすぎた為、動きが鈍い。

それでも一本、二本三本・・・意識を総動員してようやくかわす。

だが、それも限界、目の前に触手が迫り来る。

あれは・・・かわせない。

腕の一本くれてやるつもりで庇おうとした瞬間、触手が消し飛ぶ。

「シロウ!!」

俺を守るようにセイバーが立ちはだかっていた。

「セイバー?どうして・・・」

「士郎、言った筈です。例え貴方が私の主で無くなったとしても私は貴方の剣であり続けると。そして・・・」

セイバーの手には剣ではなく俺が返還した鞘が握られている。

「今こそ見せます・・・シロウ、貴方が私に返してくれたこの鞘の真の力を」

鞘を俺の手にも持たせ前方にかざすと、眩い光が洞窟を照らす。

「・・・全て遠き理想郷(アヴァロン)・・・」

静かに真名が告げられると同時にセイバーは鞘を手放す。

と同時に俺は光り輝く結界に包まれた。









一方・・・アーチャー達は雲霞の如く殺到する触手にじりじりと追い詰められつつあった。

個々で見ればバーサーカーを前衛とし、アーチャー・キャスター・凛・桜・イリヤが後衛として触手を圧倒しているように見える。

だが、それは一時的なもの。

何しろ数は文字通り無尽蔵、セイバーとライダーにあれだけ消されたにも関わらず既に回復し四方より押し潰そうとする。

だが、それもセイバーとライダーがこちらに戻った事で再び有利に傾く。

更にこの状況を好転させ始めた矢先、

「む・・・凛、私はどうでも良いが衛宮士郎の方が危険なようだな」

見れば士郎は次々と襲撃してくる触手に攻め込まれ避けるのに精一杯のようだ。

ランサーも必死にこれ以上の触手を近寄る事を防いでいるようだが多勢に無勢、ランサー一人では抑えきれないようだった。

「拙いわ。あのままじゃ士郎が・・・」

「でも姉さん」

凛の焦りに満ちた声に桜は声をかける。

「判っている。セイバー達を動かせないって事位」

今中央にバーサーカー、右翼にライダー、左翼にセイバー、後方は諸葛弩の展開維持をを続けているアーチャーが矢の雨で先制攻撃をキャスターがセイバー達の防衛網を潜り抜けてきた触手を的確に消し飛ばしている。

これを一人たちとも動かす事は出来ない。

今でこそ押しているが一人でも抜ければそれは破局に繋がる。

「ですがこのままだとシロウは」

「セイバー」

セイバーの反論を抑えるように静かな声がする。

それは今まで言葉を発しなかった葛木宗一郎だった。

「何か?」

「衛宮への援護にどれだけの時が必要だ?」

「えっ?」

「どれだけの時が必要かと聞いている」

「そ、そうですね・・・五分・・・ええ、それだけの時間があれば」

「五分か・・・良いだろう。セイバーお前は衛宮の援護に向かえ。その間私がお前の防衛ラインを受け持つ」

「な?」

「そ、宗一郎様!!」

セイバーとキャスターの驚愕の声が重なる。

「む、無理です!!そのお怪我では」

「キャスター左翼から一本」

「!!は、はい」

宗一郎の冷静な指摘に我に返る。

「このままでは埒が明くまい」

「そ、それはそうですが・・・」

そこにアーチャーが会話に加わった。

「どちらにしろ私たちが着実に追い詰められる事に変わりはあるまい」

的確な指摘に言葉が詰まる。

「それに私もそろそろ危険になってきたしな」

「へっ?それって・・・!!ア、アーチャー!!!」

凛の突然の絶叫も無理は無い。

そう・・・アーチャーの足は既に膝まで透き通り始めていた。

マスターを失って時間はさほど経っていないが、士郎との決闘、『柳洞寺』の結界を強行突破、その直後の『影』との戦闘。

それらは確実にアーチャーの魔力を奪い取っていた。

いくら負担が少ない諸葛弩であったとしても、矢は消耗品だ。

触手は一秒の隙も与える事無く次々と押し寄せその度に諸葛弩は迎撃する。

それはアーチャーの負担をじわじわと重くする。

これ以上の長期戦はアーチャーの言うとおり追い詰められる事を意味している。

「・・・キャスターのマスター、五分だけ私の持ち場を」

苦渋に満ちた表情でセイバーが宗一郎に自分の持ち場を託す。

「判った」

短くそう言うと呼吸を整える。

「キャスター、援護を」

「は、はい・・・」

悲痛な声でそれでも宗一郎の生存を高めるべく、宗一郎の拳を強化していく。

「・・・タイミングを合わせる」

「判りました。私が一旦周囲の触手を薙ぎ払ってからシロウの元に向かいます。その後直ぐに」

言葉も無く頷く。

呼吸を整え更に息吹を一定のリズムで吸い、そして吐く。

見る者が見ればそれは気孔の呼吸法であったと知るだろう。

その脳裏には何故か過去の光景が浮かぶ。

かつて彼は人でなく道具として・・・人一人を殺す為の・・・唯一つの事に鍛え上げられていた頃のある夜の光景を

(よう坊主何をしている?)

その男は唐突に現れた。

後に聞いたがその男はとある暗殺者で、彼らの主人である『・・・』とは一応の和睦・・・否、冷戦状態に入っており、今回来たのもこの男の気まぐれによるものだったらしい・・・

その世界では知らぬ者などいない有名人であったが、あいにく少年の頃の彼にはそういった者の興味など皆無に等しかった。

(ほう・・・なかなかやるじゃねえか)

男の声にも微動だにしない。

(だんまりか?・・・、まるで昔の俺だな)

男はなぜか苦笑した。

それが少年だった宗一郎には不思議だった。

この男は何故ここまで面白がっているのだろうかと・・・

(まあ良い、それよりも坊主、邪魔した侘びといったら何だが良いもの見せてやる)

そういうと男は構える。

いつの間にかその手には二本の太鼓の撥にも良く似た鉄棍が握られている。

(いつか・・・この業を覚えられたら俺のところに来い。特別に残り六つをお前にも教えてやる)

その男から繰り出されたその業を見せられた時、彼の頭は一瞬にして真っ白となった。

常に一定のリズムを刻んでいた彼の心臓はその時だけ動作が狂った。

(・・・いつか又会おうぜ坊主)

そう行って立ち去ろうとしたその時、男の背中に向けて初めて宗一郎は口を開いた。

“名前”と

(ああそうだったな・・・俺の名は)

「行きます!!」

セイバーの声に我に返る。

「はあああああああ!!!!」

一気に半径数メートルに及ぶ触手が薙ぎ払われる。

それと同時にセイバーは士郎の下に向かう。

それと同時に宗一郎はセイバーの位置につく。

これより五分間彼はあの蒼銀の騎士に成り代わりこの場所を守り抜く。

触手にも意思があるのか御しやすいと見たのか宗一郎目掛けて殺到する。

アーチャーとキャスターが援護に入るが捌ききれる量ではない。

だが、御しやすいと見た事自体が間違い。

今ここに立つのは人でなくその範疇を超えた明王の化身。

「・・・・・・」

無言で裂帛の気合を発する。

閃鞘・・・)

あの時の男と己の動作がシンクロする。

我流・・・

そして繰り出されるのは、あの日から更に修練に励み遂に到達させた極み。

八点衝

八点大蛇(はってんおろち)

その瞬間宗一郎の腕が八本に増えたかのような錯覚を全員が覚えた。

かつて蛇の異名を取ったその腕は八つの頭を持つ八岐大蛇の姿を纏い、次々と触手とぶつかり引き裂き薙ぎ払い抉る。

(ほう・・・なかなかやるじゃねえか坊主)

彼の脳裏にあの時の男・・・七夜黄理が嬉しそうに笑う姿が見えた。









「これは・・・」

俺は周囲を守る結界を呆然と眺めている。

信じられない事だが、これは全てあの鞘だ。

鞘が数百のパーツに分裂しこの結界を形成している。

あの触手も次々と押し寄せているが鉤爪一ミリも通る事も出来ず、ただ、結界にぶつかり続けている。

外ではセイバーとランサーが次々と押し寄せる触手を打ち払い続ける。

「・・・今がチャンスだ」

気を取り直して供給を再開する。

「・・・圧縮(プレス)・・・過剰供給再開(オーバーチャージリスタート)」

やがて

「過剰供給完了(オーバーチャージセット)・・・セイバー!!もう良い!!」

その言葉が引き金となったのか結界が消え失せる。

「おっ終わったか?」

「ああ、ありがとうなセイバー・ランサーそれよりも」

「判っていますリン達の援護に再度向かいます」

「俺も行って来る」

「ああ」

皆の援護に向かう二人。

「よし・・・」

遂にここまで来た。

もう・・・逃がさない。これで終わらせる。

だが、危険性を察知したのか高台より『影』が叫ぶ。

「影よ!!もう良い!!こちらを守れ!!」









後方でもギリギリの鬩ぎ合いは続く。

アーチャーが射出する矢の豪雨が一本でも多くの触手を打ち払い、キャスターの魔力弾が吹き飛ばす。

更に凛、桜、イリヤが二人の間隙を縫う様に援護を行う。

たとえその防衛網を突破したとしてもその次に待ち構えているのはバーサーカー、ライダー、そして葛木宗一郎、

正面に群がればただの一撃で触手は全て消し飛び、左翼に近寄れば八本の大蛇が次々と同胞を飲み込まんが如き勢いで削ぎ落とす。

それに比べれば右翼が最も御しやすいように見える。

しかし、それは誤り。

近寄る触手は次々と石と化している。

そしてそのグロテスクなオブジェと化した石像を

「・・・」

ライダーは無慈悲に粉砕していく。

己が眼を封印していた眼帯・・・宝具『自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)』を解放し己が魔眼『キュレベイ』の恐怖を存分に教え込んでいた。

そんな中左翼に変化が起こる。

「・・・っ」

宗一郎の表情に変化が起こった。

それと同時に繰り出される大蛇の速度も鈍り始める。

いくら驚異的な戦闘力を保有していたとしても人間である宗一郎にはおのずと限界がある。

そう・・・体力と言う限界が。

まして彼は負傷している。

全快状態に比べて力が落ちるのも仕方の無い事だった。

「!!桜、イリヤ、葛木を援護するわよ!!」

異変にいち早く気付いた凛が妹達に号令を下す。

だがそれを

「お待ちなさい。宗一郎様を守るのはこの私の仕事よ。貴方達はバーサーカーとライダーの援護に回りなさい」

キャスターが止める。

「へっ?」

「どちらにしろ触手がこっちに群がり始めている。あなた達がまとめて群がっているよりは私が止めて、貴方達が分担してバーサーカーとライダーの援護に回った方が効率が良いわ」

キャスターの言葉は一利あった。

「そうね・・・判ったわ。キャスター、あんたが葛木の援護、私達が分担してあんたが担当していたポイントでライダーとバーサーカーの援護を続ける」

「ええ、セイバーが戻って来るまであと一分強。それまでは意地でも守り通すわよ」

その言葉と同時に魔力弾が四方から飛来し触手を打ち払い薙ぎ払い、吹き飛ばす。

特に宗一郎に殺到しようとした触手は悲惨を極めた。

「このっ!!私の宗一郎様に近寄ると言うのなら・・・私の魔術で冥府の彼方まで吹き飛ばされなさい!!」

その瞬間、今までで最大級の魔力弾が触手の群れに風穴を開ける。

流石にこの量を回復するには時間がかかる。

更に追い討ちとばかりに魔力弾が傷口を抉り拡大させていく。

そして・・・

「キャスターのマスター、下がってください。後は私が引き受けます」

「俺もつき合わせてもらうわ」

セイバーとランサーが帰還する。

それを見届けた宗一郎は静かに後退する。

と同時に彼も限界だったのか片膝をつく。

「宗一郎様!!」

キャスターがその背中を抱きしめる。

「良かった・・・ご無事で・・・宗一郎様・・・」

震える手で最愛の主を抱きしめ続けていた。

だあが、状況はセイバー帰還より再び一変する。

「影よ!!もう良い!!こちらを守れ!!」

『大聖杯』より声がしたと同時に触手が地面に沈み込み『大聖杯』周辺にまとめて現れる。

その様はまるで影の牢獄だった。

「こ、これは・・・」

「ふむ、奴め、守り最重視に変更したようだな」

諸葛弩を解除したアーチャーが荒い息ながらいつもの口調でそう言う。

「げっ!!シロウあいつあれに挑む気か!」

ランサーの絶句も無理は無い。

士郎は影の牢獄に何の臆する事無く正面から突撃を始めていたのだから。

呆然としている面々の中

「はあ・・・仕方ねえか」

「やれやれ、世話が焼ける」

そう言うと、真っ先にランサーが、続いて消えかかっている両足など気にも留めずアーチャーが駆け出した。









衛宮士郎より守護の結界がはずされた瞬間、『影』は確信した。

奴は一撃で『大聖杯』を破壊出来る。

おそらくそれは巨獣をも消滅出来ると。

(冗談ではない)

いまだ主の元へ供給できた魔力は四割弱、その大半はまだ巨獣の胎の内、完全でない。

ここで巨獣を粉砕されてみよ。

『クリスマス作戦』は完膚なきまでに頓挫する。

残り魔力は本当に僅か、だが、その僅かを惜しんで全てを台無しにされる訳にも行かない。

(欲をかきすぎた報いか・・・まあ・・・奴に・・・『錬剣師』に出会えたのは僥倖だったが・・・だが、もうこれ以上は無理だ)

「影よ!!もう良い!!こちらを守れ!!」

同時に巨獣に魔力回収を止めさせ影に還るよう命を下す。

だが、やはり胎の内に溜め込んだ魔力が重荷となる。

それを徐々に影の側に送るとしても三分はかかる。

(つまり三分、奴にあれを撃たせない。それが第一段階、そしてあれを撃つ前にこちらが離脱できるか否か)

その視線の先には衛宮士郎の持つ五つの鏃を持つ光槍。

あれを撃たせるか撃たせないか、あるいは撃たせる前に撤退出来るか出来ないか。

それが『クリスマス作戦』最後の段階。

成功か失敗かの最大の瀬戸際。

見れば衛宮士郎はいまや影の牢獄と化した『大聖杯』目掛けて何の恐れも無く突き進む。

「それでこそ剣の覇者・・・さあ・・・こい、『錬剣師』」

そんな状況下でも『影』は『錬剣師』=衛宮士郎との戦いを楽しんでいるようだった。

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